ドラマ「地獄に堕ちるわよ」細木数子は日本の戦後そのものである

Netflixのドラマについて感じたことを書いています。
境 治 2026.05.07
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Netflixシリーズ「地獄に堕ちるわよ」独占配信中

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ネタバレしないパート

うさん臭い占い師のドラマ、ではない

あの小太りのキモい占い師のおばはんでしょ?細木数子にはそんな印象しかなかった。一時期テレビに頻繁に出ていたようだが一つもちゃんと見たことがなかったのだ。嫌いというより、興味がない。テレビは時々、視聴率がとれる際どい人物を奪い合うが、その一人のゲテモノだと思っていた。
Netflixシリーズ「地獄に堕ちるわよ」は、その細木数子のドラマなのに、驚いたのは全9話のうち占い師の部分は最後の2話だけだ。その前で描かれるのは、戦後の焼け跡で毎日お腹を空かせていた少女時代に始まり、歳を誤魔化してクラブで働き、おにぎり屋を起業し、銀座のクラブのママになり、赤坂でナイトクラブを開き、ディスコに改装し、いずれもヒットさせる言わば連続起業家の姿だ。

さらに驚くのが、島倉千代子のマネージャーになったり、政界がひれ伏す大物の妻になったり、一体何がしたいのか、ともかくその時々で金の匂いを嗅ぎつけたら飛びついて離さずモノにする、執念深く強欲な蛇のような女の生き様。占い師はその人生の最後の方の、オマケのようなパートだった。もちろん占い師としても大成功するわけだが。

その飽くなきエネルギーに驚き圧倒される

このドラマを特に前半だけ見て、溝口敦氏が週刊現代での連載で暴いた真の細木数子を描いていないのかと言っていた人がいる。そこがこのドラマの妙で、中盤までと終盤で描き方が違う。溝口氏が炙り出した真の姿も出てくる。
だがこのドラマの本質はそんな「何が真実か」を超えたところにある。私はこんな人物がいるのかとひたすら驚き、生きようとし金を得ようとする飽くなきエネルギーに圧倒された。好きとか嫌いとかじゃなく、善とか悪とかでもなく、細木数子という人間のとんでもなさ、比類なきオリジナリティーとでも言うべきものに魅惑される。そう、細木数子は魅力的だと感じた。
もし身近にいたら絶対に近づきたくないし、話しかけられでもしたら走って逃げるとは思う。こんなにとんでもない人間は触れるだけで傷を負わされるに違いない。ただ、こんなおばはんが確かにこの日本に、つい数年前まで生きていたことに感服する。
「あたしの人生、面白いわよ」と最初の方で言うのだが、見終わって「たしかにあなたの人生、面白かったです!」とひれ伏したくなる。細木数子の人生を描く時点で面白いドラマになる、そんな感想がまずある。

細木数子を描き切ろうとする映像に圧倒される

「地獄に堕ちるわよ」はそんな細木数子の面白さを、最大限に活かしてドラマに結実させているのがまたすごい。
まず物語の構造が素晴らしくよくできている。すべて実話ベースで実名の人物だらけの中で唯一架空なのが小説家の魚澄実乃里だ。細木数子の小説を依頼された実乃里が本人から聞かされる半生を映像化したのが中盤まで。そこにこのドラマのトリックがある。先述の「何が真実か」わからなくなるのは、この本人による自画像が途中まで進むことによる。実乃里を介在させたことがこのドラマ最大の発明だ。
そうした物語の構造を素晴らしい映像が支える。これにもまた圧倒される。戦後の焼け野原が、復興期の銀座の眩さが、高度成長期の力強い日本が、精密に再現される。中でも赤坂に開いたナイトクラブでダンサーたちが繰り広げる豪華な花束のようなシーンは黄金期のハリウッドミュージカルさながらだ。
さらには静岡の旧家の重々しさや海辺の夕日をバックにしたロマンチックな場面、島倉千代子が決死の思いで立つステージでの歌唱シーンなどなどなど、それぞれの場面の映像化があまりに素晴らしく見惚れるしかない。
細木数子の人生の面白さを十分に受け止める映像の力の入れよう、昭和の再現のこだわりように圧倒される。そういえばハリウッド制作の映画やドラマの「based on a true story」ものでも、過去のアメリカを細部にこだわって再現していた。それとまったく遜色ないレベルに達しているのだ。
細木数子という題材を、小説家の目線を加え、徹底的に時代を再現する映像化で、見事に料理して見せてくれた。拍手するしかない。

細木数子は私の父と母であり、つまり戦後の日本人そのもの

私は「地獄に堕ちるわよ」を見ながら、自分の両親の青春に思いを馳せた。同じだったのかもしれないと思った。
私の父は昭和4年生まれで当時の超エリート、海軍兵学校に進んだ。あと一歩で戦地に赴くところで戦争が終わった。祖父は父が幼い頃に亡くなっていた。そのため実家は貧しく、大学には行けないまま福岡で毎日を生きた。定職に就かず毎夜中洲で過ごした。賭け事に強くGIたちから金を巻き上げていたそうだ。そんな中、ある日見つけた警察官募集の張り紙に誘われ、福岡県警に入った。
父とは2歳下の母は朝鮮半島の北の端で終戦を迎え、命からがら引き揚げ船に乗って福岡にたどり着いた。こちらの祖父は官僚だったが引き揚げ者に官職はない。貧しいながら雇った家庭教師が父だった。母は、どうやら夜は中洲で賭けにいそしむ危ない父の生活を知っていたらしい。だから、父が中州の生活から足を洗い警察官になる決心をしたのは、母のためではないかと想像している。

祖父は官僚だったが権力に折れずに勤務中に国旗掲揚の際に仕事の手を止めて起立することを拒む頑固者だった。そのため官憲に目をつけられ、朝鮮半島に飛ばされる経験をしたので警官が嫌いだった。最初は父との結婚に反対だったのを、頑張って説得したらしい。
母はそんな話を時折、断片的に聞かせてくれた。グレン・ミラーのレコードを聞きながら、映画を見に行って素晴らしかったと言っていた。学生の頃、「グレン・ミラー物語」を見て、これを母も見たのかと思った。
うちの両親は細木数子とは程遠い、小さな幸せを築いた夫婦だ。だが、二人とも貧しかった。父は一歩間違えば裏社会に転がり落ちたかもしれない。母は戦後に押し寄せた洋楽文化に憧れた。
ドラマの前半で描かれる細木数子がのし上がっていく部分、そしてロマンチックな部分を、私は両親に重ねて見ていた。私の知らない父と母がそこに映っているように感じた。ずっとスケールは小さいけれども、相似形の青春を二人は過ごしたのだ。
細木数子の物語は、日本中の当時の若者たちの物語でもあるのだと思う。本人が美化して語る若き日の話は、真実でもあるのだと思う。母がこのドラマを見てどう思うか、知りたいものだ。父はずいぶん前に亡くなっている。

ネタバレするパート

中島歩、生田斗真、二人のイケメン俳優の絶妙な使い方

戸田恵梨香と伊藤沙莉の演技はすでに話題になっているので、別の俳優に目を向けたい。
まず、中島歩。私はずっといい俳優なのにもっとフィーチャーされないのかと思っていた。様々なドラマに出演するものの「誠実な人物だが途中でいなくなる」役ばかりでもったいないと感じていた。
直近でも朝ドラ「あんぱん」では主人公のぶが最初に結婚し、戦争に巻き込まれて死んでしまう航海士だった。今放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」では小谷城で切腹する浅井長政だ。いずれも誠実を絵に描いたような人物だ。つまらない。
ところが「地獄に堕ちるわよ」では、こんなに悪い中島歩は初めてだという役柄だ。主人公をたぶらかし億の金を持って失踪する、ヤクザと通じていたクズ男だ。やった!こういう中島歩を見たかったよ!
実は登場時から怪しんでいた。だが海辺で踊るあまりにも美しいシーンに魅了された。彼が踊りに誘うときの手!あんなにキザに手を出してサマになる男なんてそうそういない!
それでもナイトクラブの共同経営者の件を言い出した時はやっぱり怪しい!ついに怪しい中島歩!と思ったがナイトクラブは開店する。じゃあ信じていいのかと思ったら、そこで裏切りやがった。最低だぞ中島歩!だがそんなあんたを見たかった!
そして生田斗真!こんなにハードボイルドでシブい役柄が絵になるとは!感情を押し殺し、まるでゴルゴ13のように無口。だが細木数子の熱い思いをきっちり受け止める。
第5話の最後にフランク・シナトラが歌う「Only the Lonely」のレコードに針を乗せてからこの曲が鳴る中を細木数子の想いが昂ぶり我慢できなくなり事務所に車で乗り込んでのキスシーンで曲が終わる。なんという見事なシーンか!
もちろん細木数子自身による虚飾のパートなのだが、これは真実なのだと思う。二人は確かに惹かれ合い、思いを昂らせて結ばれる。男たちに騙され振り回されてきた細木数子がやっとたどり着いた真実の愛の相手。もっともロマンチックなシーンが、生田斗真が相手役だからこそ美しく昇華された。ここだけをもってしてもこのドラマは傑作だと思う。
日本のドラマや映画は、役者の使い方がパターン化しきっている。この役者が出てきたから実は悪いやつだ、こんな端役に見える役にこの俳優ということは実は犯人だなとか、そんなのばっかりだ。中島歩と生田斗真の素晴らしい使い方をはじめ、定番化した使い方じゃなかったり、あまり知られていない役者を起用したり、脇役たちの魅力もこのドラマの見どころだ。

日本の実写コンテンツ海外展開、入り口はNetflixにある、では出口は?

日本の実写コンテンツの海外展開について記事を書き、先日は勉強会を行った。

クオリティが大きな課題と感じていたが、「九条の大罪」に続いて「地獄に堕ちるわよ」も素晴らしかったことで、海外展開の入り口はNetflixと考えて当面いいのではと思った。

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