【メディア業界DX】スポットCMのAI作案士、爆誕!職人技の詰まった”血の通った案”をAIは作れるのか

メディア業界のDXを追っていくシリーズ記事を展開していきます。
境 治 2026.04.10
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私は80年代後半に広告会社に入社した。ある日、同期社員がデスクでうんうん悩んでいた。A3を縦に繋ぎ合わせたような巨大な紙を広げている。よく見るとテレビの番組表で、番組と番組の間に何本も赤い線が引かれている。それがスポット作案作業だった。
スポットCMとは、次の番組が始まる前の時間を広告主が買って展開するもので、ほとんどのテレビ局の放送収入のおよそ半分を占めている。その発注はGRP(Gross Rating Point)を単位に行う。
広告主は「2週間で100GRP」のように発注する。わかりやすくすると、視聴率10%の枠を10抑えれば100GRPになる。だが実際の視聴率は2%だったり7%だったりする。広告主によっては平日夜中心でとか休日朝は必ず欲しい、などと要望もある。
できるだけ対応し、発注されたGRPになるようにスポット枠を埋めていくには独特のノウハウが必要になる。
広告会社とテレビ局で「線引き」をやりとりして詰めていく。互いの”職人芸”の駆け引きだ。80年代に紙だったのが、時代が進んでPC上のシステムになっても、やることの本質は変わらない。数年間は同じ仕事で職人芸を積み重ねることになる。昭和から平成を経て令和になっても変わらなかった。
フジテレビが「AI作案士」を開発したとの記事を読んで、なるほどと思った。人間がやることを代替するのが生成AI。スポットの線引きという属人的作業もAIを使えば自動化できるはず。だがあの”職人芸”を本当にAIは再現できるのか?

(左から)ABEJA 永松光明氏、フジテレビ 植松裕介氏、フジ・ネクステラ・ラボ 金子圭太郎氏

(左から)ABEJA 永松光明氏、フジテレビ 植松裕介氏、フジ・ネクステラ・ラボ 金子圭太郎氏

プロジェクトを推進したのはフジテレビ営業局スポット営業部の植松裕介氏、フジ・ネクステラ・ラボ放送システム部の金子圭太郎氏、開発を担ったのはABEJAデジタルプラットフォーム事業本部の永松光明氏。このお三方を取材した。

「若手の負担をどうにかしたい」 属人化していた作案業務の課題

──まず、AIを使ってスポットCMの作案業務を自動化しようと考えた経緯について教えてください。

植松: スポット作案業務は、非常に煩雑な作業です。弊社に限らず、各テレビ局では若手がこの業務を担当することが多く、労務環境も厳しいのが実情でした。一方で、スポット売上は弊社の放送売上の半分以上を占める重要なものですから手を抜くことはできません。売上へのプレッシャーと煩雑な作業で、担当者にはかなりのストレスがかかっていました。この状況をどうにか改善できないかが、営業局内での大きな命題でした。

──これまでにも、自動化の動きはあったのでしょうか。

植松:作案業務の自動化は模索していましたが、なかなかうまくいきませんでした。というのも、CMキャンペーンごとに毎回例外的な要望があったり、ケースが変わったりするので、単純なルール化ができなかったのです。
ルールベースでシステムを組もうとしたもののうまくいかない。AIを使えば解決できるのではないか、という発想が今回の開発のきっかけです。

開発成功の鍵は“旧知の仲”と業務への深い理解

──AI開発のパートナーとしてABEJAさんと組むことになったのは、どのような経緯だったのですか。

植松:たまたま、旧知の広告会社出身の方がABEJAさんにいることを知り、「AIの会社にいるなら、作案の自動化ができないか探ってくれないか」と相談したのが始まりです。
作案業務は、経験したことがある人でないと分からないほど複雑。旧知の彼はその大変さをよく分かっていたので話が早かった。今回の成功要因の一つは、開発側に作案業務を深く知る人がいたことだと感じています。プロジェクトが本格的に動き出したのは1年ほど前です。

──ABEJAさんとしては、フジテレビさんのようなメディア企業とのお仕事は初めてだったとのことですが、どのような点に注力されたのでしょうか。

永松:弊社は特定の業界に特化しているわけではなく、幅広い業種の企業様をご支援しています。ビジネスの根幹を握るため間違いが許されず、そのため、「人とAIの協調」が不可欠な「ミッションクリティカル」と 呼ばれる領域の AI実装を得意としています。

我々のアプローチは、「こういうアプリケーションがあるので使ってください」という形ではありません。お客様と一緒になって業務を深く理解し、どうすればAIを活用できるかを考えながら、伴走して開発を進めていきます。
今回のプロジェクトでは、元々広告業界にいた弊社メンバーがいたことで、業界特有の用語や商習慣のキャッチアップを素早く行うことができました。まずはお客様と目線を合わせ、何が本当に必要なのか、システムの要件を固めていく。そこが一番重要だと考えています。

植松:ABEJAさんは「フジテレビさんの作案業務に合ったものを我々が作りますよ」と言ってくださったので、非常にありがたかったです。

過去の失敗を土台に。1年で開発を終えたスピード感の裏側

──開発期間が約1年なら、システム開発としては非常にスピーディーな印象を受けます。

金子:AIを使った開発に着手する以前から、実は様々な試行錯誤がありました。例えば、 AI を使わない形で、条件を指定して優先度の高いものから放送枠を確保していく、という アプローチの検証も行いました。
しかし、その結果出てきたものは、どれも同じような画一的な案ばかりで、実用には向かないという結論になりました。
ただ、そうした過去の失敗も含めた試行錯誤の中で、作案の情報を入力する既存システムと、外部の自動作案エンジンとのインターフェースについては、ある程度調整が進んでいました。今回はその土台をうまく活用できたことも、短期間で開発できた要因の一つだと思います。

──社内での理解や予算の獲得はスムーズに進んだのでしょうか。

植松:はい。作案業務を担当する部署が大変だということは社内でも広く認識されていましたし、そこのDX化は会社全体の命題にもなっていました。
もちろん、過去に上手く運用に至らなかった経緯もありましたから、「今回はこういう勝算があります」という資料をきちんと用意して説明し、比較的スムーズに理解を得ることができたと感じています。

AIが学習するのは過去5年分の“最適解”

──実際にAI作案システムが導入されて、現場ではどのような変化がありましたか。

植松:最も大きな変化は、過去の実績を隅々まで確認する作業が一部軽減されたことです。これまで担当者は、広告主様ごとに過去5年分ほどの実績を目で見て確認していました。この規模のキャンペーンなら、ゴールデンタイムのCMは何本くらい必要か、といったことを全部手でメモして、作案に反映させていたのです。
新しいシステムでは、AIがそうした過去の実績をすべて学習し、再現性の高い案のベースを自動で出してくれる。現場からも非常に楽になったという声が上がっています。

──それはすごいですね。作業時間も大幅に短縮されたのではないでしょうか。

植松:はい。例えば、早い人でも10分から20分かかっていた作業が、10秒から20秒で完了します。特に本数が多い大規模なキャンペーンになると、初心者がやれば30分以上かかっていたものが、1分弱で提案できるようになりました。

AI作案士の画面 このような線引き案が一瞬で3案ほど出てくる

AI作案士の画面 このような線引き案が一瞬で3案ほど出てくる

──クライアント側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

植松:AI作案では、その広告主様にご納得いただけてきた過去の実績をベースにするので、提案の質が安定します。担当者の個人的なスキルに依存することがなくなるのです。
広告会社の方からは「AIが作ったら血の通っていない案になるのではないか」と心配されることもありますが、私たちは逆に「すごく血の通った案になります」と説明しています。過去の膨大な成功実績が集約されているわけですから。

──属人性がなくなることで、人事的なメリットもありそうですね。

植松:まさにその通りです。これまでは作案のベースとなるスキルを習得するのに最低でも2~3年かかり、その担当者はなかなか異動できない、という状況がありました。私自身も新卒で配属されてから6年間、異動希望を出し続けても出られなかった経験があります。
このシステムがあれば、経験の浅い人でも一定レベルの案を作れるようになるので、人材の流動性も高まり、社員のキャリア形成にとってもプラスになると考えています。

「ポチッと押すだけ」が理想。全自動化に向けたAIとの付き合い方

──現状では、AIが作成した案を人間がチェックする必要があると思いますが、将来的な展望はいかがですか。

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