映画『ディスクロージャー・デイ』が描いたファンタジーとは、オールドメディアを世界が信じることだった

メディア論的感想記事です。どなたも最後まで読めます。ネタバレを含むのでご注意を。
境 治 2026.10.07
誰でも

個人的総評としては微妙だった映画『ディスクロージャー・デイ』

60年代生まれの私はスピルバーグとともに映画ファンの道を歩んできた。『激突』『ジョーズ』に恐れおののき、『未知との遭遇』『E.T.』には圧倒され、『インディ・ジョーンズ』シリーズには少々シラけた。だが『ジュラシックパーク』に息を呑み、『プライベート・ライアン』に目を見張り、『宇宙戦争』にはノックアウトされた。その後も『ブリッジ・オブ・スパイ』『ペンタゴン・ペーパーズ』に痺れ、『レディ・プレイヤー1』には全く衰えない意志に感服した。時には批判したりもしつつ、ずっと追ってきたのだ。もっとも尊敬する監督ではないが、映画界を50年間牽引してきたのはやっぱり天才だった証だと認めている。
だから久々のSF大作『ディスクロージャー・デイ』の日本公開延期は大いに不満だった。その分期待が高まり、公開直後の土曜日にIMAXスクリーンを予約して映画館に駆け込んだ。
その感想は、興奮と落胆が混ぜこぜになったものだった。アクションシーンはやはり天才監督だ。一方お話にはアラが多い。だいたいあれだけスーパーパワーを持つエイリアンがなんで人間如きにいたぶられるのか。母星から助けに来ないのか。そしてあのデバイスはウルトラブレスレット的なズルさがある。
期待が高まっていた分、感想が微妙なものになってしまった。
だがいちばん微妙な気分になったのはクライマックスだ。(ここから先は完全にネタバレ、知らないで見た方がいいことを書いてしまいます)

メディアを考える者としては許せない、テレビ局のファクトチェック飛ばし

見た人は知っての通り、クライマックスでエミリー・ブラント演じるお天気キャスター、マーガレットがニューススタジオでカメラの前に登場し、真実を暴露する。それとともに数学青年ダニエルが、秘密にされていた映像を放送で流し始める。これができたのは、なんでもできちゃうズルいデバイスのパワーでスタッフの意識を操ったからだ。だからカンザスシティのローカル局KCXEがファクトチェックなしにエイリアン映像を放送するのはいいですよ。不思議な力のおかげだ、で説明がつく。
ところがこの放送を日本で言うキー局のNBCが「これは放送せねば」と「真偽を確認中」の注釈つきながら放送し始める。全国ネットに乗せたらしいので全米国民が見た。
ここがまず、ありえないよ。確認中と言って真偽未確認の映像を流すなんて絶対にない。やっちゃいけない。真実かどうかわからない映像を全国民に向けて放送してはいけないのだ。
しかも中身は、エイリアンを政府が拿捕したり暴力を振るったりする映像。こんなの、いまはAIでいくらでも作れちゃうでしょう。X投稿の3回に1回はおかしな映像が流れてくるご時世だよ。エイリアンが出てくる映像なんて怪しいとしか思えない。まず疑うのがメディアというもののはず。
しかもCBSやCNNなど他のテレビ局にも映像を流させる。BBCやフランスの放送局も流しちゃった。BBCの人が見たら怒るんじゃないの?抗議しなかったの?
そのうえ、優秀そうなニュースキャスターが「なんということでしょう」とすっかり信じちゃって感銘を受けている。
そこにエイリアンの実物が登場。これがまたこれまで怪しい雑誌やフェイク映像に出てきたような頭の大きな銀色のやつで、人々の脳みその中にあるエイリアン像を集約したような造形。そいつがダニエルに何か伝え、ダニエルから受け取ったマーガレットがカメラに、つまり世界中の人々に向かって「聞いて」と言ったところで映画はおしまい。
何と言ったのかが話題になってるけど、「戦争を始めたら人類は終わるって言ってたわ」てなことに決まってるよね。おじさんシラけちゃったなー。

「テレビが真実を伝えれば世界が信じる」ことこそファンタジー

ただ、この場面は逆説的に、この映画が描いた最高のファンタジーなのかもしれない。
2026年の現実ならどうなるだろう。
KCXEがエイリアンの映像を放送した瞬間、その映像は切り抜かれてSNSに流れ、テレビより速く世界中に拡散するだろう。一方NBCやCNNは「エイリアンが存在した」とはいきなり報じない。「米ローカル局が真偽不明の映像を放送」と報じるはずだ。
そして映像の出所を調べ、政府に問い合わせ、撮影場所を特定し、AIで生成されたものではないかを検証する。
いまや、世界中の人が同じ映像を見ることと、世界中の人がその映像を信じることは、まったく別の話なのだ。
ところが『ディスクロージャー・デイ』では、そこをあえてテレビにやらせた。
最近の映画なら、権力が隠していた真実はネットで暴かれる。コードに縛られたテレビ局とは違い、ネットなら怪しい情報でも、いや怪しいからこそ、またたく間に世界へ伝搬する。
スピルバーグはそれを知らないはずがない。
それでもテレビだった。
この映画の出発点を調べると、ここがますます面白くなる。脚本家デビッド・コープによれば、スピルバーグから最初に渡された約40ページの原案には、すでに現在の映画とほぼ同じ第三幕があったという。
つまり世界に真実を知らせる舞台としてテレビを選んだのは、脚本家が何となくそう書いたからではない。スピルバーグ自身の構想だった可能性が高い。
私は勝手にこんなやり取りを想像してしまう。
「スティーブン、現代ならネットで映像を流すところだよ」
「それじゃダメなんだ。ネットではフェイク映像扱いされる。テレビ放送だから世界が信じる。私はそう描きたいんだ」
本当にこんな会話があったかは知らない。でも、どう見てもテレビを使ったことには意味がある。
テレビ局に、まだ世界を変える力を持っていてほしい。
もはやそうではないとわかっているからこそ、そんな願いをスピルバーグが込めたのではないか。
つまりこの映画最大のファンタジーとは、宇宙人が存在したことではない。世界中のテレビ局が同じ真実を伝えれば、世界中の人がそれを信じることなのだ。

『未知との遭遇』から49年

考えてみれば、スピルバーグとテレビの関係は深い。
映画スタジオに潜り込んで居つき、ついに仕事を得たという伝説を持つ彼が、最初に撮っていたのはテレビドラマだった。有名なのは『刑事コロンボ』の「構想の死角」。『激突!』だって元はテレビ映画だった。
そして『未知との遭遇』には、テレビが重要な役割を果たす場面がある。
主人公ロイが、自分が取り憑かれたように作り続けていた奇妙な形の正体がデビルズタワーだと知るのは、テレビのニュースを見たからだった。
1977年には、「テレビを見る→世界の真実を知る→主人公が行動する」だった。
それから49年。
『ディスクロージャー・デイ』では、「テレビが真実を伝える→世界中の人が見る→人類が行動する」にまでスケールアップした。
スピルバーグ本人も『未知との遭遇』のこの場面について、観客にも主人公ではなくテレビ画面を見せることを意識して演出したと語っている。
そう考えると『ディスクロージャー・デイ』は、『未知との遭遇』の21世紀版というだけではない。
「テレビが人間に世界の真実を知らせる」という、スピルバーグが半世紀前に描いたモチーフを、もう一度やった映画なのだ。

楽しいファンタジーの時代の終わり

スピルバーグはヒューマンな作品もたくさん作ったけれど、本拠地はファンタジーの人だと思う。
80年代には「製作総指揮:スピルバーグ」の映画が続々公開され、次々にヒットした。『ポルターガイスト』『グレムリン』『ヤング・シャーロック』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『グーニーズ』『ニューヨーク東8番街の奇跡』『インナースペース』『ロジャー・ラビット』。
どれもこれも最新の映像技術を駆使したファンタジー映画だった。
イキがっていた20代の私はそんな映画を見て「ハリウッドはなんでこんな能天気になっちまったんだ」などと、わかったようなことを言っていた。でも結局見ていた。何しろ女の子を誘うにはうってつけだったし。
スピルバーグは映画を、VFXを駆使した楽しいファンタジーへと大きく広げた。その路線でハリウッドは世界を席巻した。
宇宙人が来る。
怪物が現れる。
タイムトラベルができる。
そんなことがファンタジーだった時代から半世紀。
『ディスクロージャー・デイ』で彼が描いたのは、「テレビが真実を伝えれば、世界中の人が同じものを見て、それを信じる」というファンタジーだった。
そう考えると、なんとも皮肉な作品に思えてくる。
テレビ映画から出発した天才は79歳になって、テレビがもう一度世界をひとつにする映画を撮った。
これはスピルバーグによる、テレビへのレクイエムなのかもしれない。

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