企業から出演を断られ続けた『魔改造の夜』はなぜ出演希望が殺到する番組になったか

NHKで放送されている番組「魔改造の夜」についての記事です。Yahoo!に転載されていますが、あちらには載っていない部分までサポートメンバーの方にはお読みいただけます!
境 治 2025.10.21
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おもちゃや家電を改造して競技する番組『魔改造の夜』

NHKで放送される『魔改造の夜』を教えてくれたのは妻だった。「これ面白いのよ」と指差すテレビ画面では、何かごちゃごちゃした醜い機械がおかしな動きをしている。なんだこれは?「こないだはパンダちゃんが大玉転がししてたの」と説明するのだが、何を言っているのかわからなかった。

「魔改造の夜 THE MUSEUM」で陳列されたモンスター

「魔改造の夜 THE MUSEUM」で陳列されたモンスター

月に一回あるかないかの放送に偶然接するうち、私にも面白さがわかってきた。企業や大学の開発チームが、おもちゃや家電を「魔改造」して走らせたり跳ばせたりして競い合うのだ。

バカバカしい課題に著名企業(社名はM菱電機など見え見えの伏字で示されるのだが)が真剣に取り組み、勝ったら抱き合って泣き、負けても肩を組んで泣く。バカだなあと見ているこっちも気づくと泣いている。最初にチームを紹介される時、社名のアルファベットを大真面目にザッザッと音を立てて人文字で表現するのがおバカなのにカッコいい。

ゴリラちゃんを「魔改造の夜 THE MUSEUM」で間近に見る感激

ゴリラちゃんを「魔改造の夜 THE MUSEUM」で間近に見る感激

やがて、不定期ながら月末の木曜夜7時30分に放送されるらしいと法則を発見し、見逃さなくなった。時に社運も賭けて著名企業のおじさんたちが、仕事そっちのけで電動マッサージ器を走らせ、ゴリラちゃんに幅跳びさせ、ビニル傘に空を舞わせる。それを高度な撮影技術で美しく見せる。すっかり番組ファンになった私は、8月末に行われたイベント「THE MUSEUM」にも妻と行き、番組と同じ矢野武氏の実況で生で実演を堪能した。なんて幸福な時間なんだ!

クマちゃん瓦割りを成功させ、誇らしげなH技研の面々

クマちゃん瓦割りを成功させ、誇らしげなH技研の面々

それにしてもなぜ、こんなにも奇妙で熱く、感動的な番組が生まれたのか。番組の企画者である放送作家の竹村武司氏と、制作しているテレビマンユニオンの総合演出、鬼頭明氏に、”魔改造”誕生の裏側を聞いた。

発端は「高く飛ぶパンが見たい」という純粋な欲求

---- まずこの番組は、どうやって生まれたのでしょうか。
竹村武司氏(以下、竹村):企画のきっかけは、明確に覚えています。「トースターのパンがめちゃくちゃ高く飛んだら面白いな」って、なんとなく思ったことなんです。-

--- えっ、そこから?プロのエンジニアに何かやらせる、という発想からではなく?
竹村:全く逆です。僕は番組を考える時、「見たい絵」から入ることが多いんです。テレビの基本は「見たことないものを見せる」ことだと思っているので。その「パンがめちゃくちゃ高く飛ぶ」という絵を実現するにはどういう企画にすればいいか、逆算していきました。

放送作家・竹村武司氏

放送作家・竹村武司氏

---- なるほど。
竹村:それで「改造だな」と。よくあるのは芸能人やタレントにやらせるパターンですが、僕はあんまり好きじゃなくて。嘘になるから。それよりも「プロが本気でバカをやる」のがすごく好きなんです。だから、これはプロのエンジニアに本気で戦わせた方が面白いだろうな、と。そこから肉付けしていった感じですね。

民放に一蹴された企画が『魔改造の夜』の名でNHKで誕生

---- その企画は、すぐに実現したのですか?
竹村:いえ、最初は『爆裂チューンアップ天国』っていう、ちょっとポップなタイトルで企画書をつくって、色々な民放に持って行ったんです。でも、「こんなのできるわけないじゃん」と全部一蹴されました。

---- なぜですか?
竹村:「そんなことやらせてくれるメーカーがいるわけない」「改造なんてコンプライアンス的に無理だ」と。

--- それがどうやってNHKで実現したのでしょう。
竹村:鬼頭さんから「NHKで放送する企画を考えたい」という話があった時、この企画を思い出しました。その頃、僕がYouTubeを見ていたら「ベイブレード魔改造」っていうサムネイルが目に入ったんです。

---- 「魔改造」という言葉はそこから?
竹村:はい。実は「魔改造」という言葉は昔からあって、元祖は『プラモ狂四郎』っていう漫画らしいです。そこからフィギュアを改造するカルチャーに受け継がれ、僕が見たベイブレードは孫ぐらいの世代。でも、その言葉の響きに「うわっ」と来て。これだ、と。

---- 『魔改造の夜』の「夜」は?
竹村:それは完全にイメージですね。僕が『かまいたちの夜』っていうゲームがすごく好きで、「なんとかの夜」っていう言葉が好きだったんです。それで「魔改造の夜」とくっつけて企画会議に出したら、通った。やっぱりタイトルって大事なんだなと思いましたね。

鬼頭明氏(以下、鬼頭):僕が最初に竹村さんの企画書を受け取った時、一番気になったのは、生贄となる家電やおもちゃを提供してくれるメーカーがあるかどうかでした。でも、企画自体はバカバカしくて面白いな、と。

集まらなかった初回の参加チーム、トヨタ社員は「会社に内緒」で参加

---- 実際に参加企業を探すのは大変だったのではないでしょうか。
鬼頭:大変でした。もう誰もやってくれない。今やってくれているのが奇跡みたいな話で。

---- 最初の3チームはどのように決まったのですか?
鬼頭:1チーム目は東大です。まず監修をお願いしようと連絡したんですが、全然返事が来なくて。後で聞いたら、企画書がゴミ箱に入っていたらしいです。それを、今解説をしてくださっている長藤圭介先生が拾ってくれて、「とりあえず話だけでも聞きましょうか」と。

総合演出・鬼頭明氏

総合演出・鬼頭明氏

---- すごい話ですね。
鬼頭: 僕らは至って真面目に「この企画は何のためにやるのか」という意思を馬鹿正直に伝えるんです。それで監修がOKになり、その流れで学生も紹介してもらったんですが、東大生はテレビアレルギーがすごくて。「東大生っていじられるから」と、ほとんどに断られ、最終的に残ったのは3人だけでした。

---- あとの2社、浜野製作所とトヨタはどうだったんですか?
鬼頭:浜野製作所さんにも一度断られています。もう一度、直談判しに行って「とにかくお願いします」と伝えたら、「君の目が血走ってるからやってあげるよ」と。

---- (笑)。
鬼頭:トヨタに至っては、実はトヨタ本体じゃないんです。会社のモノづくりサークルの人たちで、会社に内緒で出ていたんですよ。だからチーム名は「Tヨタ自動車でなく、T社にしてくれ」と。会社の設備も一切使えず、週末に公民館みたいな施設に集まって作っていました。

---- なんと…。
鬼頭:放送後、当時の豊田章男社長から彼らに連絡が来たらしいんです。みんな「やばい」と謝る覚悟でいたら、逆に「素晴らしい」と激励されて、社長から表彰状が送られたそうです。

本気で勝ちたいと思うと、勝手に青春しだす

---- この番組を見ていると、バカバカしいことのはずなのに、いつの間にか涙が出そうになります。この感動はどこから来るのでしょうか。
竹村:それは、出ている人たちが「本気」だからだと思います。本気で勝ちたいと思っているから、そこに熱量が生まれる。どんなくだらないことでも、勝ち負けを決めると人間って勝手に青春しだすんですよ。負けたら泣いたりする。一流の人がバカをやる、という僕が一番好きなジャンルが、まさにそれなんです。

鬼頭:出てくれる人たちが本気だから、僕ら作る側も本気にならなきゃいけない。最初は予算もなくてカメラも少なかったですが、今は何十台もカメラを回しています。スイッチングだと、どうしても型にはまった撮り方になってしまう。そこからはみ出していく面白い瞬間を撮るために、全部のカメラを回し続けるんです。

---- 成功した時にリーダーがチームメイトのもとに駆け寄っていくシーンが象徴的ですが、あれも演出ですか?
鬼頭:「駆け寄れ」とは言っていません。でも、そうなるように「配置」はしています。リーダーとそれ以外のメンバーの間に、微妙に距離を作るようにしているんです。そうすると、うまくいったら絶対に仲間のほうに行く。ダメだったら、みんながリーダーのもとに寄ってくる。その距離感がドラマを生むんです。

魔改造は何かを壊すこと、テレビと製造業のイノベーションが社会を変える

---- 番組が成長し、今では多くの企業が「出たい」と思うようになった。その価値はどこにあるとお考えですか。

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