私たちは「米国民主党的なものの見方」から一歩引くべきである

マスメディアは立ち位置を見直すべきだ、という提言です
境 治 2024.12.12
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6日金曜日に東洋経済オンラインでこんな記事を公開した。

「ふてほど=不適切報道」は話の入り口に過ぎず、いまいかにマスメディア不信が広がっているか、それを克服するには選挙期間中も選挙報道を行うことと、マスメディアの立ち位置を見直すことが必要だ、という内容だった。この「立ち位置を見直す」ことについて、もう少し詳しく書きたい。

「ヒルビリーエレジー」に見る、民主党が負けた理由

記事の中でも紹介したNetflix映画「ヒルビリーエレジー」を見ると、米国大統領選挙で民主党が負けた理由がよくわかった。共和党が勝った理由ではなく、民主党が負けた理由だ。労働者の政党だったはずの民主党が、なぜその労働者に見放されたのか。

この映画は次期副大統領JDヴァンスの自伝小説を原作とする。自分の家族の貧困を包み隠さず描いている。祖父と祖母はケンタッキー州から移住してオハイオ州ミドルタウンの製鉄所で働いた。だが米国の製鉄業はすたれ、ミドルタウンも活気を失っている。母は薬物依存に陥り、結婚と離婚を繰り返す。JDはそんな未来のない田舎を抜け出し、東部で出世しようともがいている。

恋人はインド系のウシャで、JDより裕福な育ちのようだ。JDは就職につながるエリートたちとの食事会に参加するが、フォークをどの順番で使えばいいか、ワインはどう選べばいいかわからない。慌てて電話してマナーを教えてくれたのがウシャだった。白人青年がインド系の恋人にマナーを教わる場面は、米国の現在が象徴されていると感じた。

その食事会の席でJDの出身地がオハイオだと聞いたエリートの一人が「Red Neckばかりだろ」と言う。Red Neckは米国の田舎に住む人々を差別的に言う言葉で、頭が悪いとの侮辱も含まれるらしい。

このあたりの感覚がわからないが、わからないなりに東部の裕福な人々が、田舎の貧しい人々を馬鹿にしていることだけはよくわかった。そして大統領選挙で西海岸と東部の細かな州が青、つまり民主党支持者が多く、それ以外は赤だらけの共和党支持者が多い州だったことと重ねて考えると、この国の分断の構造が見えてきた。

民主党はもはや労働者の政党ではなく、リッチな人々のコミュニティなのだ。同じ米国民であるオハイオの人々を馬鹿にしているようでは、支持が得られるわけがない。民主党は急激なインフレにも鈍感で、多様性だのSDGsだのを振りかざす悠長な人々。物価高に腹を立てる層からは忌み嫌われるだけだろう。

バタフライエフェクトが描いた「ラストベルト」

12月9日放送のNHK「映像の世紀バタフライエフェクト」は「ラストベルト アメリカ 忘れられた人々」と題して、「ヒルビリーエレジー」の町を含む一帯について描かれている。

ラストベルトのラストは、LastではなくRust。錆びついた工業地帯の意味だ。

描かれたのは、ウォルター・ルーサーという男。1920年代、デトロイトに自動車産業が勃興し全米から働きに人々が集まり、ルーサーもウェストバージニアからやって来た。だが当時の自動車工場は労働環境が劣悪で給料も安い。それを改善すべく結成されたUAW(全米自動車労働組合)にルーサーも入り、やがてリーダーとなってビッグ3との労働闘争に勝利する。ルーサーが率いる労働者たちは第二次大戦後は収入も上がり郊外に家を持つほど豊かになる。同時に民主党の支持者集団として、1962年の大統領選挙でケネディの勝利を支えた。一方では公民権運動で黒人の味方となり、キング牧師の隣で演説もした。

ウィスコンシン州からオハイオ州、ペンシルバニア州、ニューヨーク州の一帯はこうした製造業で活況を呈し、民主党を支えた。アメリカ民主主義とそれによる繁栄を象徴する地域だったのだ。

1970年にウォルター・ルーサーは飛行機事故で死亡。それが合図となったかのように、日本のメーカーに押されて米国の自動車産業は衰退する。1981年に大統領になったロナルド・レーガンは製造業復活を約束し、UAWは共和党支持に回る。だが関税を上げても自動車産業の衰退は止まらなかった。

2009年に黄金時代には最大の自動車メーカーだったGM(ゼネラルモーターズ)が経営破綻。製造業で繁栄を謳歌した一帯は、錆びついてラストベルトと化した。

21世紀になり米国経済を活性化させたのはMicrosoft、Google、Appleなどの巨大IT企業だった。新しい産業だった彼らは民主党が支えた。

民主党はいつの間にか戦後の繁栄をリードした製造業の労働者の政党から、西海岸に勃興したIT長者の政党になった。その結果、ラストベルトは大統領選挙の「激戦州」となり、今回の選挙ではそのほとんどが赤く染まり共和党支持州となった。

このことと、「ヒルビリーエレジー」の食事会のシーンでの「Red Neck発言」を重ね合わせると見えてくるものがある。JDヴァンスは自分を雇って欲しいエリートたちにきっぱりと「侮辱だ!」と怒りを示す。そこには、ラストベルトに潜み続ける裕福な州への深い恨みが込められているのだ。

そして民主党は彼らの怒りを汲もうともしなかった。

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