なぜWBDは自分で自分を売却するのか?〜日本にもいずれ来る「放送=お荷物」論〜

ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの全社売却もありうるとの報道から考察しました
境 治 2025.10.24
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ヒットを連発するワーナー・ブラザースがグループ丸ごと身売りする?

私は映画『ワンバトルアフターアナザー』を激賞した。この映画はワーナーブラザーズ作品だ。これに限らず『スーパーマン』『F1 エフワン』『マインクラフト ザ・ムービー』などが今年ヒットしている。なぜか国内作品が圧倒的に強い日本の映画興行市場で、唯一ヒットを放ち続けるのがワーナーだ。しかも日本ではスルーされたが斬新な意欲作『罪人たち』も世界でヒットしている。マーベルなどシリーズものに頼っているディズニーとはずいぶん違う。今年は世界興行収入が40億ドル(約6000億円)を突破したと言う。

ワーナーは、少し前にディスカバリーと合併して、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーというメディアコングロマリットを形成している。長いのでWBDと呼ぼう。そのWBDが自社を丸ごと売却することも検討しているという理解不能のニュースが飛び込んできた。

さっぱりわからないので、ChatGPTに調べさせてそのメカニズムがわかってきた。念のためClaudeでも調べさせたらほぼ同様の答えだったのでまちがいなさそうだ。

そこから見えてきたのは、メディアコンテンツ業界における儲かる領域と儲からない領域の事業再編だ。

儲かるスタジオと儲からないケーブルテレビは切り離せないのか

WBDは「構造的な負債」を抱えている。2022年4月、ワーナーとディスカバリーが合併した際、WBDは巨額の負債を引き継いだ。経営陣の計画では、ケーブルテレビ事業からのキャッシュフローでこの負債を返済し、映画・配信事業だけを独立させるはずだった。

しかし現実はそうならなかった。

2024年8月、WBDはテレビ放送事業の減損により91億ドルの費用を計上すると発表した。これは事実上、2022年に評価されたテレビ事業の価値が、もはや存在しないということを意味していた。

その最大の原因は「コードカッティング」の加速だ。米国では視聴者がケーブルテレビを次々と解約し、ストリーミング配信サービスにシフトしている。予測によれば2025年には全米世帯の72%がケーブルテレビを解約する状況だ。コロナ禍で日本でも配信サービスが一気に伸びて地上波放送の視聴率が急激に下がったが、米国ではそれがコードカッティングの加速という形で表れたわけだ。

WBDが保有するCNN、TNT(ターナー・ネットワーク・テレビジョン)などのケーブルテレビチャンネルからは、視聴者が急速に流出している。さらに2024年には、NBAがWBDを放送パートナーから外し、ディズニー、コムキャスト、アマゾンとの新たな放映権契約を結ぶことを決定。WBDのケーブル事業は急速に収益源としての価値を失いつつある。当初、WBDの経営陣は2026年半ばまでに、映画・配信事業を「ワーナーブラザース」に、ケーブルテレビ事業を「ディスカバリー・グローバル」に分割する計画を発表していた。分割すれば、高成長の映画・配信部門は高い評価を受け、低迷するケーブル事業は売却または別の戦略を取ることができるはずだった。

ところが複数の買い手からの提案が出現したことで、状況が一変した。パラマウント・スカイダンスは当初約600億ドルの買収案を提示。これに対し、WBDの取締役会は「分割継続」「全社売却」「個別事業の売却」など「あらゆる選択肢を検討中」と発表した。

つまり、経営陣の本来の計画(分割)は、買い手が現れたことで変化しようとしている。その理由は株主の圧力だ。株主の立場からすれば、分割にかかる時間と費用をかけるより、今すぐ600億ドルで現金化できれば得なのだ。

それは理に適っているのかもしれない。だが実は、ここに大きな落とし穴がある。

買収した他社が同じ問題を抱えるだけではないか?

ここで重要な質問が生じる。名乗りをあげているパラマウント・スカイダンスがワーナーディスカバリーを買収すれば、本当に問題は解決するのだろうか?むしろ悩みが増えるだけになる可能性がある。

パラマウント・スカイダンスは2025年8月、スカイダンス・メディアとの合併で新会社として発足したばかりだ。このパラマウント・スカイダンスも、実はWBDと同じ問題を抱えている。傘下にCBSやMTV、ニコロデオンなどのケーブルテレビネットワークを保有しているのだ。

パラマウント・スカイダンスのデービッド・エリソン会長兼CEOは当初、「MTVほかケーブルチャンネルの再建」を掲げていた。しかし、この「再建」戦略が成功するかどうかは、まったく不透明である。米国ではケーブルテレビ全体が衰退する構造的な傾向にあり、個々の企業の努力で逆転させることは難しい。

つまり、パラマウント・スカイダンスがWBDを買収することは、自分たちが抱えるケーブル事業の問題に、さらにWBDのケーブル事業という重荷を加えることを意味する。映画スタジオやストリーミング事業の成長性に期待しながらも、構造的に衰退しているケーブル事業をどう扱うかという課題は、買収後も残り続ける。

それでもパラマウント・スカイダンスがWBDを欲しがるのは、煌めくようなヒット作があるからだ。『ハリー・ポッター』シリーズ、『バットマン』などのDCコミックス作品群、HBOの数多のドラマシリーズ。これらが加われば配信サービスParamount+は充実し、映画でも続編を製作できる。「儲かってる方」のスタジオと配信をもっと儲かる構造にできるかもしれない。

実は、米国のメディア業界全体が似たジレンマに陥っている。ディズニー、コムキャストなど、大手メディア企業のすべてが、成長するコンテンツ制作・配信事業と衰退するケーブルテレビ事業を同時に抱えている。このジレンマから逃げられる企業は、存在しないと言っていい。

日本のテレビ局もドラマやバラエティとニュース部門をいずれ切り離す?

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