NHKは公共メディアから公共放送に後退したので、収益構造を改革できない
NHKの次期会長が現副会長の井上樹彦氏に決定したと発表された。NHKの会長は長らく財界から任命されてきたので、18年ぶりに内部から選ばれたことになる。これまでの会長の選任には自民党の意志が働いたと言われ、NHKが政治に左右されているとの批判もあった。実際には少し違うようなのだが、特定の勢力から送り込まれるより内部から会長が選ばれる方がいいのかもしれない。
だが実際には、いまのNHKの運営は難しすぎてなり手がなかったから内部選出になったとの噂も聞く。それくらい今後のNHKの舵取りは、困難だろう。どこにどう船を進めても突破口が見えない。
受信料収入が増えそうにないネット展開
NHKは今年10月からネットを「必須業務化」した。放送法の改正により、ネット業務も放送と同じように「やらなければならない業務」になった。それにより、ネットだけでNHKを利用する人も受信料契約をする義務が生じる。そう聞くと、受信料収入が増えそうに思うが、実際にはそうならないだろう。ネットの活動を「放送と同一」に狭めてしまったからだ。今後のNHKはせっかくのネット展開の可能性を自ら「放送の檻」に閉じ込めてしまった戦略ミスありきで運営することになる。
放送でNHKを見てもらえなくても、ネットでNHKを利用する人が増えれば受信料収入が増える可能性が出てくる。ところがネットでの情報は「放送と同一」に限定してしまった。しかも受信料契約をしていない人がNHKをネットで見たり読んだりしようとすると、すぐさま登録(=受信料契約)を迫られる。
NHK ONEニュース防災アプリの画面をキャプチャー
これは事実上、NHKがネットではスクランブル化したことに他ならない。放送では頑なにやらなかったことを、ネットが必須業務化したら実施するのは奇妙だ。そしてこれでは、すでに放送で契約している人はともかく、新たにネットだけの利用のために受信料契約をする人は増えない。
放送でNHKを利用していない人は、NHKでどんなコンテンツが見れるのか知らない。いきなり上のような画面で閉ざされては、試しに見てみることさえできない。何しろ「登録に進む」と月1100円の受信料契約をする義務が生じる。中身の見えない箱を売りつけられるようなものだ。
ネット業務を「放送と同一」にした影響
なぜこうなってしまったのか。ネットの必須業務化に向けて、ネットは「番組関連情報」と定義され、放送した内容から外れてはならないことになった。前提にネットは「放送と同一」との定義があり、その考え方を総務省の有識者会議でプレゼンしたのが他ならぬ井上副会長だった。
必須業務化前のネットは「理解増進情報」と定義され、番組に紐づくにしても放送した内容以上の情報を提供することもありうる考え方だった。そこでNHKでは2010年代に「政治マガジン」「国際ニュースナビ」などニュースを解説する独自情報が載ったサイトを展開していた。「取材記者ノート」では記者の個人的な思いを読むこともでき、記者たちとの距離を縮めた。だが必須業務化に向けて、これらを次々に閉じていった。「放送と同一」ではないからだ。
実はこうしたサイトこそ、「ネットだけで受信料を払う入り口」になる可能性があった。放送とはむしろ関係なく、ネットで見たり読んだりできる情報を、ネットに合わせて拡張することに、「ネット受信料」の伸び代があったのだ。厳しくスクランブル化せず、フリーミアム手法に則って、ある程度独自コンテンツを無料で見せていけばそこに新たな受信料の可能性が生じる。
図:筆者作成
放送は今後急速に縮んでいく。ネットはまだまだ伸びる。必須業務化は本来「放送とネットを並列に」価値化することで、ゆくゆく重心をネットにシフトするべきだった。
ところが「放送と同一」原則は、ネット業務を放送の枠の中に押し留めてしまい、放送の収縮と共にネットの伸び代も縮んでしまう。NHKは必須業務化にあたりとんでもない戦略ミスをしてしまったのだ。
井上新会長は自らプレゼンした「放送と同一」原則の上でネット必須業務化を推進することになる。いわば自らつけた道筋の責任を取る形だ。だから井上副会長が新会長に就任することは必然だったとも言える。自分でプレゼンしたことの責任を、自分で取るのだから潔いのかもしれない。受難の道しか見えないと思うのだが。
いつの間にか後退した「公共メディア」の理念
NHKは実は、元々は私が上に示した「あるべき必須業務化」を想定していたと思える。2010年代にNHKが経営計画で掲げた「公共メディア」の言葉はまさに、「あるべき必須業務化」を示しているからだ。放送もネットも両方ともを含めて「公共メディア」となっていく考え方だ。
NHK経営計画(2018-2020年度)より
NHKは経営計画(2015-2017年度)発表時に示した「NHKビジョン2015→2020」の中で「公共メディアへの進化を目指して」との項目を入れていた。経営計画(2018-2020年度)ではもっとはっきり「公共メディア実現へ」と謳っていた。
次の経営計画(2021-2023年度)でも公共メディアの言葉は使われていたが、この時は理念より収支や組織などに重心があった。
そして現在の経営計画(2024-2026年度)では驚いたことに「公共放送(メディア)」の表現に変わっていた。
NHK経営計画(2024-2026年度)冒頭部分より
(メディア)の部分の文字が小さいことにも意志が表れている。まるで消してしまいたいかのようだ。NHKは「公共メディア」から「公共放送」へと逆戻りしたのだ。2010年代の歩みを台無しにし、進化を止めるどころか先祖返りしてしまった。明治維新で文明開化を進めてきたのに江戸時代に戻ってしまったようなものだ。
図:筆者作成
これは今の上層部がNHKにとってはあくまで放送がメインでネットはサブと捉えていることの表れではないか。面白いことに、ネットは放送の補完業務から必須業務になったはずが、実際には以前よりもさらに「補完的役割」に押しやられたのだ。補完なのに放送と同じ1100円を払えというのは無理筋だ。
こうなった時点で、誰が新会長になろうとNHKの未来は見えてしまった。NHKは残念ながら今後、衰退しかない。もし巻き返すとしたらもう一度「公共メディア」の理念に立ち戻ってすべての議論をやり直すことだが、これからまた10年はかかるだろう。NHKはすでに、時間切れなのだ。
NHKは抜本的に体制を見直すべきでは?
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