アカデミー賞16部門ノミネート、映画「罪人たち」はアメリカ黒人の「国宝」だ!

映画についてのお話です
境 治 2026.01.27
誰でも
劇場公開時、映画館で撮ったポスター

劇場公開時、映画館で撮ったポスター

映画「罪人たち」は劇場で2025年6月21日、日本公開翌日に見ている。ちゃんとIMAXスクリーンで。ものすごく面白かったのだけど、何を書けばいいのかわからないまま月日が過ぎていた。今回アカデミー賞史上最多の16部門でノミネートされ、U-NEXTで見放題になったのでもう一度見てみた。それでも、何を書けばいいのかわからない。自分がちゃんとこの作品を理解しているのかも不明なのだ。26日に公開したPodcastで紹介したので、その続きの話を書こうと思う。

ブルースを軸に黒人の歴史を語る点が斬新!

ここで話したのは、物語の背景と中身について少しだけ。映画の中でアメリカで黒人が過去に置かれていた状況が描かれ、黒人音楽史が並列で出てくることなどだ。何といってもそこが新しい!

ブルースはアメリカ南部で綿花を摘む黒人奴隷たちの間で生まれた音楽で、アフリカから継承されてきたと言うより、アメリカで生まれたと見るべきだ。ピアノやギターを使うのも、アメリカ生まれだからだ。

ブルースはメジャーコード進行にブルーノートと呼ばれる独特の音階を使って演奏される。メジャーとマイナーが混じり合ったような音階だ。

憩いの時間を楽しむ音楽にマイナーの響きが混じるのがブルースなのだ。陽気なのに陰気、楽しいのに悲しい。虐げられてきた歴史がそうさせるのか。そして時にブルースは悪魔の音楽とも言われる。「罪人たち」にもギターを弾いてブルースにハマるサミーが登場し、父親の牧師に叱られる。悪魔の音楽にたぶらかされるなと。

ここで言う悪魔が何なのかは、2回見てもよくわからない。ただ、至高のブルースマン、ロバート・ジョンソンが十字路で悪魔に魂を売ってブルースを極めたように、サミーは父の教えに反して悪魔の音楽たるブルースを極めていく。

エンドクレジットでサミーが老いたブルースマンとして登場する。演じるのは、本物のブルースマン、バディ・ガイだ!

老いたサミーのところに、あの夜バンパイアとなり当時のまま若々しいスタックとメアリーがやってくる。今風の若者なのが面白い。

スタックとメアリーはサミーを追ってきてバンパイアの世界に誘うが、サミーが断るとあっさり引き下がる。彼らは襲い襲われる関係になったものの、同じミシシッピーで育ちルーツを共有する者として共感し合う。善悪では割り切れない世界がそこにある。

実はこの映画の後で「国宝」を見た。あの映画でもやや唐突に「悪魔に魂を売った」話が出てくる。だからこそ芸の極みに到達できた。歌舞伎の世界もブルースと似ているのかもしれない。いや全ての民族に、善悪混在する世界として芸能があるのかもしれない。どんなに時代が進んでも人々はそこに惹かれる。実はアメリカ黒人にとっての「罪人たち」には、日本人にとっての「国宝」と似たものがある気がしている。

「黒人差別」の描き方が変わりつつある

アメリカにおける黒人の差別の姿は、前々からハリウッド映画のモチーフになっているが、時代とともに変化しているように思う。「罪人たち」が北米でヒットしたのも、その「新しさ」が関係するのではないか。

「罪人たち」のライアン・クーグラー監督のデビュー作「フルートベール駅で」は実際に起こった黒人青年の射殺事件を描いた映画で、白人たちに虐げられる黒人を描いた秀作だ。

これが2013年の作品で、2010年台はこういう「告発」する映画がたくさん作られた。

ただ、白人たちとの関係は少しずつ変化している。例えば、2016年の「ドリーム」は60年代にNASAの宇宙計画に加わった優秀な黒人女性たちが主人公だ。彼女たちの才能を認め、白人と同じく扱った上司をケヴィン・コスナーが演じている。

そこでは、白人が黒人の立場を上げてあげたわけだが、見方によっては白人の上から目線、「君たちは優秀だから引き上げてあげるよ」というスタンスにも思えるのだ。

一方、先日Amazonプライムビデオで見た日本未公開作品「眠りの地」(2023年)はトミー・リー・ジョーンズ演じる中小企業経営者が、カナダの巨大資本に飲み込まれそうになった時、ジェイミー・フォックス演じる黒人弁護士に依頼する話だ。黒人が、白人を助ける物語で新鮮だった。

そんな流れの先に「罪人たち」を置くと、もはや白人との関係さえ超えているとわかる。アイルランド移民は襲ってくる側だが、どこか通じ合える者たちとして描かれている。

最後に殲滅されるKKKたちは、物語の中心にさえいない。添え物のエピソードのように登場する。お前らはまあ、最後に殺しとくわ。そんなポジションだ。そこでは、白人は手強い敵でさえないのだ。

黒人と白人の間にいる「仲間」としてのメアリー

もう一つ面白いと思ったのがメアリー、スタックの恋人だ。彼女は見た目は白人。祖父だったか祖母だったかに黒人がいた。スタックたちと幼い頃からともに育ったこともあり、彼女は仲間として扱われる。黒人しか入れないはずのスモークとスタックが開いた酒場に、メアリーも入れる。「彼女は家族」だからと。

この映画でちょっと戸惑った点でもある。見た目は白人なのに黒人コミュニティの仲間、というのが、あれだけ黒人オンリーだと徹底しているのにと不思議に思った。もちろん血筋のことなどが説明されたわけだが。

だが、実際にもこういうことはこの時代にあっただろう。だから、その前提で映画でも描かれているに違いない。そこには、様々な意味がありそうだ。

黒人は白人とは独立したコミュニティを形成していた。いわばスモークとスタックの酒場は、白人を拒絶して彼らだけが楽しむ独立国だった。だからといって100%白人を拒絶していたわけではない。肌の色だけでコミュニティが分けられたわけではない。

KKKのように、根本的に相容れない集団とは徹底的に対立し、殺しあう。でもメアリーのような存在がいれば、受け入れる。そんな彼らの姿勢を示しているのだと思う。

黒人と白人のコミュニティと互いの受容関係は、いまも微妙だろうし、どうにも我々の理解しにくいところだ。だが日本にも韓国人コミュニティは昔からあり、隔絶しているようで受け入れていたり、韓国人にも日本人と溶け込んで暮らす人も多いし、分け隔てなくつきあいもする。それと似ているのかなと思う。

メアリーを演じたのはヘイリー・スタインフェルド。2010年のコーエン兄弟の映画「トゥルー・グリッド」で生意気な少女を演じていた。この時12歳。私の娘と近いのでその後も見守ってきたが、もう29歳だ。女優の道を順調に歩んでいるようだ。と、自分の娘のような書き方になってしまったが。

映画「罪人たち」は2回見てもまだ理解できたと言い難い。アイルランド人が登場する意味はいまもわからない。だから近いうちにもう一度見ようと思う。アカデミー賞でもきっと多く受賞するだろう。「ワン・バトル・アフター・アナザー」との競い合いに絶対なるので、両方応援したい。特に作品賞はどっちだろうか?

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