日本にユニバーサルアクセス権は必要か(後編〜この議論は不毛?)
前回書いた「日本にユニバーサルアクセス権は必要か(前編)」の後編をお届けする。(前回のものと対になっている下の画像にもご注目を)

制度がなくても困らなかった国
日本にUA権がなかったのは、怠慢でも無関心でもない。端的に言えば、必要がなかったのだ。
今回WBCをNetflixが独占配信して初めて、「お金を出さないと大きな試合が見られない!」と多くの人が悲鳴を上げた。欧州のように視聴者が「見られない」と声を上げる状況がこれまで起きなかったからこそ、制度化の議論も起きようがなかった。
その背景には世界でも稀な地上波テレビの強さがあった。広告市場で、高額な放映権を購入しても回収できた。民放各局は共同購入によって価格の高騰を抑えてきた。さらに欧州と違って日本では有料テレビが市場を支配する存在にならなかった。WOWOWやスカパーは一定の役割を果たしたが、欧州のSkyのような巨大有料テレビにはならなかった。「見たい試合が有料でしか見られない」という状況が構造的に生まれにくかったのだ。
つまり日本は、制度ではなく業界構造によって公共性を維持してきた国だった。
しかしその構造が今、急速に崩れつつある。
構造崩壊のはじまり
WBCの放映権料は前回の30億円から150億円に跳ね上がった。主催のWBCIは日本のテレビ局を早々と見切り、Netflixに権利を渡した。前回は東京ラウンドの興行権とともに、国内の放送権を取りまとめる窓口だった読売新聞社もさしおかれた。WBCIがNetflixとダイレクトに取引したのだ。日本側の交渉チャンネル自体が機能しなかったことになる。
この構図はWBCだけの話ではない。FIFAワールドカップでもJCの枠組みはすでに崩壊しつつある。2022年カタール大会ではNHK、テレビ朝日、フジテレビにABEMAが加わり、2026年北中米大会ではDAZNが全試合をライブ配信する。大きなスポーツの大会に、配信サービスは関与するのが当たり前。オリンピックも2032年ブリスベン大会までは地上波放送が確保されているが、その先の保証はどこにもない。IOCが配信プラットフォームに軸足を移す可能性は常に取り沙汰されている。
Netflixは年間のコンテンツ投資額が約170億ドル。日本の民放キー局5社の番組制作費を合わせても及ばない規模だ。配信プラットフォームのグローバルな資金力が地上波テレビの経済力を上回った瞬間に、かつての「業界構造による公共性の維持」は終わる。今まさにその転換点にいる。
そもそもWBCにUA権は必要か?ふさわしいか?
では日本にUA権制度は必要か?これを考える時、今回のWBCをモデルにするのはいささか筋違いではないか、と私は思う。WBCは公共的意義があると本当に言えるのか、よくよく考えたほうがいい。
まず、WBCの主催者はMLBだ。アメリカの野球業界が世界に野球を広めるために行っている。なぜだか野球が好きということになっている日本国民がつけ入れられているとも言える。
そして大谷だ。日本人は大谷が大好きだ。前回2023年のWBCは大谷の大活躍が日本人を熱狂させた。
さらに言えば、日本のテレビ局は大谷が大好きだ。大リーグでの活躍ぶりを、ホームランを打ったら伝え、三振したら伝える。取り上げれば視聴率をとるからだ。NHKでさえ凡打に終わってもニュースにする。そのことを、去年MediaBorderでも書いた。
私も大谷は素晴らしい選手だと思う。だが一挙手一投足をテレビで報じる必要があるのかと疑問に思う。そしてWBCが盛り上がっているように見えるのは、大谷が見たいからだ。日本のスーパー男子がアメリカチームもやっつけて世界一になるのが心地よいのだ。
MLBの事業であり、大谷が見たいだけなのに、UA権の対象とすべきなのか。さらに、2029年だか2030年だかの次回WBCではさすがに大谷もピークを越えている可能性もある。大谷が活躍しないWBCをUAの対象にすることに公共性はあるだろうか。ない、と、私は断言する。WBCがきっかけで起こったUA権の議論だが、WBCはUA権にふさわしくないのだ。
次のWBCまでにUA権を制度化し、WBCを指定競技会にすべきだというのは、今回のことだけを見た感情的な議論ではないか。もし実現して、次回WBCに大谷が出場しないとなったら、みんなでなーんだと言うのではないか。
配信の受け皿のない業界構造にこそ本質的問題がある
UA権の議論自体はいいことだと思う。オリンピックとサッカーW杯を念頭に置いて制度化していいと思う。だが「受け皿」をよく考えたほうがいい。
Netflixに日本のメディア業界は見事に”してやられた”。私も最初に聞いた時、「その手で来るか!」と驚いた。
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