NHK受信料についてのおかしな騒動に見る、誤った情報の伝わり方
このThe Letterで最初に書く記念すべき記事がこの題材でいいのかと悩みつつ書き進める。
連休の間に起こった謎の「有識者意見一致」騒動
このGWはカレンダー通りでそこそこ働いていた5月1日(月)、気晴らしにのぞいたTwitterでNHKの話題が盛り上がっていた。拾い読みするとどうやら、NHKの受信料はスマホ所持だけで徴収すると有識者会議の意見が一致した、と何かで読んで大勢が騒いでいたようだ。
この有識者会議とは、4月27日(木)に総務省主催で開催された「公共放送ワーキンググループ(WG)」のことだろう。総務省では2021年秋から「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」という有識者会議が開かれている。その会議から派生していくつかの会議ができており、その一つが「公共放送WG」つまりNHKの今後を議論する分科会だ。4月27日は第7回で、確かに受信料について議論された。
ちなみにこれらの有識者会議は現在リモートで行われている。誰でも事前に申し込めばこんな形で傍聴できる。
過去の有識者会議の傍聴画面(筆者が自分のPCをキャプチャー)肖像権に配慮しぼかしをかけている
さて、Twitterでの騒動だが、私は27日の会議を傍聴しており、まったく誤った情報が拡散されているので当惑した。「スマホ所持だけで受信料を徴収することで有識者の意見は一致」などまったくなかったことなのだ。デマと言ってもいいと思った。
この会議で多くの有識者が一致したとすればそれは、「テレビを持っていない人でも、公共放送のアプリを利用しようとする者」がいるなら、その人からは受信料を徴収しても良いのではないか、という意見だ。具体的には、総務省からこのような資料が示された時のことだ。(https://www.soumu.go.jp/main_content/000878380.pdf)
総務省「公共放送ワーキンググループ」第7回配布資料より 赤枠は筆者が追加したもの
議論の前提として諸外国の「テレビを設置しない者に対する受信料の負担のあり方」として、今のドイツの例、過去のドイツの例、現在の英国の例、を示して有識者に意見を求めた。その結果、ほとんどの有識者が「この中だと(3)が自分の意見に近い」と述べた。スマホを持つだけでなくアプリを利用しようとする者の負担ならありえる、ということだ。
さらに「アプリを利用しようとするとは、インストールするだけではなく、情報を入力したり規約に同意したりなどの積極的な利用姿勢を示した場合、と解釈すべきと思う」とまで言った有識者もいた。誰もスマホ所持だけで受信料を徴収していいとは言ってないし、アプリを使うにしても諸々のハードルも乗り越えて使うほどの積極的態度を示した場合なら、と厳密に言っているのだ。
インストールだけでは弱い、というのは厳しいけれども適切な考え方だと私は納得した。この会議は意見を聞いて終わり、何かの結論が出たわけではない。次回はより詳しい議論になるのかもしれない。
そんな2時間もの会議をしっかり傍聴したので、Twitterでの「スマホ保持者からの徴収で有識者一致」騒動を見てものすごく驚いたというわけだ。
騒動Tweetの中に飛び交った「産経」の文字
一体なぜこんなデマと言っていい誤解が飛び交っているのか。それぞれのTweetの中に「産経新聞」の文字が出てくる。ははーん、と思った。この総務省の会議、特に公共放送WGについては各新聞社が終わるとすぐに報じる。これまでも時々、私が傍聴した内容とズレた内容の記事を見かけたことがある。今回は産経新聞がやったのでは?調べてみたら、この記事が出てきた。
まずこの見出しに問題を感じる。「ネット時代の財源は受信料収入で 有識者会議」これだと、ネットでも受信料を取るべきと有識者たちが言ったように受け取れる。
ただし嘘ではないのだ。会議の前半ではこんな議論もあった。
総務省「公共放送ワーキンググループ」第7回配布資料より
ここで有識者に聞いているのは、ネットの時代になっても「公共放送」つまりテレビ放送の受信料は変えなくてもいいか、ということだ。スマホではなくテレビを見る際の受信料についての質問。(1)は見たい人だけ払えばいいという、いわゆるスクランブル制にすべきとの論と同じだ。だが有識者全員が(4)受信料収入を選んだ。
産経新聞の見出しは、議論のこの部分を表現しているとすれば間違いではない。だがそうだとしても、NHKのネットでの受信料について炎上しがちな状況で、誤解を生みやすい見出しだと私は思う。
さらに記事の中ではこうも書かれている。
NHKの財源として、スマートフォンなどを含めて受信できる環境にある人に費用負担を求める「受信料収入」が望ましいとして意見が一致した
これは後半の議論を言っているのだろうか?あるいは前半と後半の議論を強引にまとめて書いているのかもしれない。そしてこれは誤解される。これと見出しを併せて読むと「スマホ保持者から受信料を取ると有識者が言った」と、誤読する人が出てきてもおかしくないと私は感じた。ちょっと一線を超えてしまっている気がする。
そこでまず私はTwitterでこう投稿した。
かなり拡散されたが、記事にも書いてきちんと説明しようと、Yahoo!ニュースにもこう書いた。
これはヤフートピックスには載らなかったがみなさんの拡散のおかげでかなり大勢に読んでもらえたようだ。
拡散の本当の発火元
ところで、4月27日の有識者会議についてその日のうちに産経の記事が出たが、私が炎上に気づいたのは5月1日だった。少々間が開き過ぎている。その原因もわかった。
Business Journalという一見まともな名前のメディアが上のような記事を、5月1日15時に配信していた。炎上は産経が引き起こしたというより、産経の記事を利用したこの記事が起こしたのだ。実際、冒頭「産経新聞によれば」で始まっており、同紙の引用と「全国紙某記者」のコメントで記事を構成している。さらに、以前に取材したという『NHK受信料の研究』の著者・有馬哲夫氏のインタビューをご丁寧に再掲している。
この見出しも、間違いではないとの解釈も成り立つが、意図的な誤解を誘っているとしか思えない。産経新聞の見出しよりずっと、誤解されやすい。これを読んだ人が「産経新聞」の名も挙げながら「スマホ保持者からの受信料徴収に有識者の意見が一致した」とTweetしていたのだ。
NHKについてきちんと批判するためにも正しい情報を
さてこれに似た例が前にもあった。2022年9月に、この「公共放送WG」が始まった時のことだ。この第一回も私は傍聴した。初回なのでオリエンテーション的な内容で議論と言えるほどの中身ではなかったが、会議が始まるにあたってのコメントを各有識者が個々に述べた。その中で私が強く印象に残ったことがある。有識者のほとんどが「あらかじめ言っておくと、私はスマホを保持するだけでNHKのネットでの受信料を徴収することに反対します」と明確に述べたのだ。最初にわざわざ全員が言ったのは、NHKについての会議が誤解されがちなのを知っていて、あらかじめ防御線を張ったのかもしれない。おそらく「あんたはスマホ持ってるだけで受信料取ると言うのか!」と、この手の有識者会議に参加すると言われてきたのではないか。
ところがその後に出た共同通信の記事に私は驚愕した。
この見出しがまず、NHKがネットで受信料を取って事業拡大を目指している、と言っているようにしか見えない。初回から誰もそんな話はしていないのに。さらにここがびっくりしたのだが、記事の最後はこう終わっている。
会合では、テレビを持っていなくてもスマートフォンなどで積極的に放送を見る人については「負担を議論していく必要がある」との意見が有識者から出た。
「ちょっと待て!」と思わず私は声に出して言っていた。有識者のコメントに触れるなら、全員がスマホ所持だけで受信料を取るのは反対だと言ったことにこそ触れるべきではないのか?確かに最後に、ある有識者が先に「所持だけで取るべきではない」と言った上で、しかし積極的にネットでNHKを利用したい人がいたら負担を議論すべきだろう、と言ったまでなのだ。
なんでここだけ触れるの?何で「取るべきではない」には一切触れないの?これは意図があるとしか思えないだろう。見出しと併せて読むと「有識者たちはネットでも受信料を取ってNHKが事業拡大していいと言った!」と誤解する人が出てくるに決まっている。そして実際、ものすごい数の人が誤解した。
というのは、この共同通信の記事はヤフートピックスのトップに上がったのだ。みなさんYahoo!を何気に開いてヤフトピに「ネット時代の受信料検討へ」と出ていたら、そりゃあ誤解しません?「なんだと?ネットで受信料取るのか?いよいよか!」となってしまう。しかも記事を読むと、多くの有識者が言ったことは触れられてなくて、一人の有識者が最後に言ったことだけが書いてある。
確実な証拠はないが、これも共同通信が意図を持って、嘘は書かずに、でも誤解させる狙いはたっぷり込めて書いたと思いたくなる。実際に、ものすごく誤解されて炎上したと言っていい状態だったのだから。
Yahoo!オーサーは専門家として特別にコメントを書けるので、私はこう書いた。
私もこの会議を傍聴していましたが、同じ会議を取材して書いた記事とは思えないほど実際の内容と微妙にズレています。
珍しく「参考になった」が1万を超えたが、ヤフトピを通して共同通信の記事を読んだ数からすると微々たるものだろう。焼け石に水だ。
NHKは批判されがちなメディアだ。私だって文句もある。ただ、批判する際に誤った情報をもとにつべこべ言っても何の意味もない。建設的でないばかりか、議論が悪い方向にしかない。存在しない事実を元に、架空の議論をしている状態になってしまう。
私はNHKに特別な興味を持って熱心に情報収集している方なので、そこはあてにしてもらっていいと思う。皆さんも、NHKについて不快な情報に接した時に、「待てよ」と立ち止まるといい。何なら私のTwitterをフォローしてもらうといいかもしれない。
The Letterでの最初からえらく長く、また炎上ネタの記事になってしまったが、今後もNHKについてはここで書いていくので読んでください。新聞がなぜNHKを悪く書くかもそのうち、一つの記事にしてみたいと思う。
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