この夏、日本中のマスメディアが選挙報道への本気度を問われる

参議院選挙での選挙報道にオールドメディアの今後がかかっている
境 治 2025.07.03
誰でも

嘘つき呼ばわりされたマスメディアの正念場

MediaBorderでは昨年から何度にもわたって、選挙報道について書いてきた。「オールドメディア」と蔑まれたのは選挙期間になると途端に選挙を報道しなくなるからで、その間隙を埋めたのがSNSだった。都知事選挙で石丸伸二氏を躍進させ、衆議院選挙では国民民主党を大きく浮上させた。そして兵庫県知事選ではマスメディアが「パワハラ・おねだり」と盛んに批判した斎藤元彦氏が再選された。

マスメディアは、都知事選では「小池vs蓮舫」、衆議院選では「自公vs立民」、兵庫県知事選では「稲村和美氏優勢」という論調で語ったが、いずれも的外れだった。マスメディアには民意が汲み取れていないと言われても仕方ないだろう。

選挙報道をマスメディアが控えるのは、放送法と公職選挙法で規制されているからだと平気で語るキャスターがいるが、それは勘違いだ。放送法にはどこにも選挙報道について書かれていない。公職選挙法には「表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」とはあるものの、選挙報道は奨励していると言っていい。

マスメディアは決して選挙報道をずっと抑制していたわけではない。むしろ2000年代は「劇場型選挙」と評されるほどマスメディアが煽っていた。テレビ放送で盛んに選挙期間中に党首や候補者による討論会が行われて意見を戦わせた。

2010年代に入るとそれが徐々に収縮する。安倍政権が抑えつけたとか、高市早苗氏の総務大臣時の発言が原因だとか言う人もいるが、実は2016年の小池都知事誕生時は今よりもっと選挙期間中も選挙を報じていた。マスメディア同士がお互いに見合っているうちにやらなくなったのだと私は見ている。自粛に過ぎないのだ。

とやかく言ってくる声が以前より増えたのもあると思う。選挙報道をどの党について何分何秒放送するかを各党が計測していて、少ないとクレームをつける、そんな奇妙な習慣が根付いてしまったとも聞く。そりゃあ面倒くさくもなるだろう。

だが自粛したら今度は、SNSが投票を左右するようになった。兵庫県知事選では「パワハラとテレビが非難していた斎藤さんは実はいい人だと立花孝志さんがYouTubeで言っていた」と70代のおばあさんが語っていた。テレビは嘘つき呼ばわりされたのだ。ここで選挙報道を盛り返さないでどうするのか。2025年夏は、マスメディアが選挙で当てにされるかどうかの瀬戸際だ。参議院選挙で選挙報道を積極的に行わないと、信頼は失墜するだろう。

マスメディアは投票に役に立つ報道をせよ

マスメディアの選挙報道にとって、東京都議会議員選挙は参議院選挙の前哨戦として重要だったはずだ。ところが都議会議員選挙でわかったのは、マスメディアがこの選挙を前哨戦としてしか見ておらず、重視はしていないことだった。少し前に書いたように、各選挙区についてまったく伝えてくれなかった。

マスメディアは「政党別・党首別」に都議会議員選挙を報じた。NHKは夕方のローカル枠「首都圏ネットワーク」で連日選挙を報じたが、初日の党首の第一声の内容を政党別に詳しく分析して報じた。はっきり言って「それが何か?」というのが都民としての感想だった。

党首の第一声の分析というのはこれまでにない手法でそれ自体はよかった。だがそんなのは、選挙初日から一日二日しか意味がない。党首の発言分析を翌週まで延々伝える「首都圏ネットワーク」には失望した。

民放はさらにやる気が示されず、夕方のローカル枠ではいつも通り「安くておいしいお店」を紹介し、選挙を報じる気がないのをあからさまにしていた。

投開票日にNHKはいつも通り「選挙速報」をわざわざ大河ドラマの時間を前倒しにして20時から放送した。ところが20時時点の予想は空白だらけで何もわからない。議席予測は「自民15〜29、都民25〜35」などと幅があり過ぎて予測になってない。こんな薄い速報を全国向けに放送したことの公共的役割とは何だろう?

民放は速報もせず、どこか他人事のように結果を伝えるだけだ。翌日のワイドショーも、これが「参議院選挙の前哨戦」の選挙の翌日かと疑いたくなるほど薄かった。

ただ、民放も含めて徐々に都議会議員選挙の参議院選挙の影響を報じるようになった。なるほどな。国政選挙の前哨戦としてしか見ていないのか。在京キー局は全国向けに国政を報じる役割があるとともに、関東のローカル局としてエリア内の報道を担う役割もあるはずだ。だがどうやら、国政が第一で、都政はその前哨戦としてしか見ていないのだ。だからどの政党が何議席獲得したかにしか興味がなく、各選挙区で何が起こったかを取材もしてないのだろう。

だから参政党が都議会全体で3議席も獲得したことを最近になって問題にしている。こっちは大田区の開票結果を見て、参政党が1議席を取ったとびっくりしたのに、その衝撃をマスメディアが当初は理解できてなかったのだ。

そんな姿勢では、参議院選挙でも役に立つ報道はできないだろう。今も、党首討論を盛んに報道しているが、選挙区の候補者の話は伝わってこない。政党単位で選挙を見るから都知事選挙での石丸躍進が目に入らなかった。国民民主は小さな党だから興味を持たなかった。だが選挙は投票であり、投票は選挙区ごとに行うものなのだ。自分の選挙区からどんな人物が立候補し、どんな選挙戦になるのか。有権者が知りたいのはそういう情報であり、投票の役に立つのは政党の政策とともに候補者個人の人となりだ。

その意味では、参議院選挙では県単位で立候補するので、県単位での選挙報道が重要になる。

果たして日本中のテレビ局と新聞社はそれぞれの地域に住む有権者にとって「役に立つ」報道ができるだろうか。問われているのはそこだ。

そこに応えられないと、YouTubeで候補者の映像を見たり、有志による討論会映像などで投票を決めるだろう。もはやYouTubeは投票に役立つ情報が手に入る民主主義のインフラになっている。偽誤情報には注意すべきだが、そのことももう多くの有権者は理解している。

オールドメディアの皆さんはそれでいいのか?YouTubeでは得られない選挙報道とは何かを考え、有権者にとって役に立つ選挙報道ができるか?この夏はそれが問われる。ここで頑張らないと、見離されるだろう。視聴率が下がる「テレビ離れ」より選挙で見離される方がよくない。メディアは信頼が一番大事だと、今年私たちは痛感しているはずだ。

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