フジテレビ問題勃発から一年〜あれは”不祥事”だったのか〜

早いもので、あれから一年。振り返ってみました。
境 治 2026.01.23
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フジテレビ問題が2025年1月に勃発してから1年経った。17日にテレビカメラを入れない「紙芝居会見」、27日に長時間に及んだ「10時間会見」を行った。17日以降、大手スポンサーが続々CMを取り下げてフジテレビの広告枠はACと番宣だらけになった。前代未聞の出来事が誰の仕掛けでもなく、突然起きたのだ。2000年代まで「テレビの王座」に君臨していたのに、2010年代になるとみるみる転落していた。私はフジテレビの危機を様々に訴えていたが、まさかこんな形で問題が噴出するとは想像もしていなかった。

17日の会見を「紙芝居会見」にしたことが最大の誤り

客観的に思い返すと、最初の対処の誤りと予想外の展開が問題を大きくした。中居正広氏の事案が週刊誌に掲載されたのが前年の12月。年明けも新たな記事が載ってフジテレビ経営陣は対応を迫られた。通常は月末に開催する定例社長会見の日程を繰り上げて17日になった。

最も大きな誤りはこの会見だった。月末の定例会見はスポーツ紙などの芸能メディア向けで、テレビカメラが入らない通例だ。定例会見とは別の緊急会見だと潔く定義すればよかったのだが、そこに危機感のなさが読めてしまう。会見のポジションを曖昧にしてしまった。テレビカメラを入れずに誤魔化そうとした意図が見え見えだ。

この潔くない形式が、反感を買った。まず、フジテレビ自身が怒っていた。夕方のニュース・情報番組「イット!」がまるで不祥事企業のズルい会見であるかのように報じた。テレビカメラが入らなかった分、会見の静止画に文字を添えて伝えたのだ。

他のテレビ局も同様に静止画で報じた。それが「紙芝居会見」と呼ばれた所以だ。決して示し合わせたわけでもないだろう。各局とも怒っていたのだと私は感じた。

面白いと思うのが、テレビカメラを入れていれば「怒りの報道」にならなかっただろうことだ。この怒りは、中居正広氏事案の内容と直接は関係ない。重大な事案なのにカメラを入れなかったからこそ、各局ニュースの怒りを生んだ。

大手スポンサーの撤退、という想定外の展開

「紙芝居会見」が引き金となって会見翌日の土日から大手スポンサーのCMが続々消えていった。しかも少なくとも当初は、スポンサーが公式にアナウンスしたのではなく、メディアの取材に応じる形でことがわかっていった。

またCMを流さない理由は「お客様の批判により」「世論の動向を見て」の判断だったり「コンプライアンス方針に反するので」などと表明している。だがそれだけでなく、「紙芝居会見」に腹を立てたから、という理由も少なからず含まれていたのだと思う。

フジテレビも他のメディア同様、企業に不祥事があれば追求する。会見が開かれればテレビカメラを入れて、記者が舌鋒鋭く質問する。企業側もそこはメディア側の意向に従って会見上にテレビカメラの場所も用意する。不祥事を起こしたのだから、批判も甘んじて受ける必要がある。これが世の常識だ。

そんな企業からすると、自分たちの不祥事にはカメラを入れないフジテレビの姿勢は、ハラワタが煮え繰り返るほどの怒りだったに違いない。

だからこそ、誰も想像していなかったほどスピーディに、しかも多くの企業がCMを差し替えた。私は、まさかこんなに早くほとんどの企業がCMをやめるとは思っていなかった。

「定例会見の前倒しだからテレビカメラは入れない」この判断がどれだけ悪手だったか。中居正広氏の事案への対処そのものより、会見の位置付けを誤り、いわば世間の批判を正面から受け止めることから逃げたことが、大きな大きな過ちだった。2000年代までの王様が、裸の王様になった。

「第三者委員会報告書」というメガトン爆弾

10日後の27日に、いったいいつ終わるのかと言いたくなった「10時間会見」が行われたが、これは17日の「紙芝居会見」を懺悔して、ただ袋叩きになるために開かれたようなものだ。テレビカメラも入ったし、制限せずに大勢の記者を入れた。記者の多くも叩くことそのものが目的に来ていたり、質問のはずが自説を長々と語る者もいた。某キー局を退任したジャーナリストが「あなた方は何をしているのか」と説教を始めたのは呆れた。

無事に袋叩きに遭いつつ、フジテレビは新社長に清水賢治氏が就任することを発表した。この時、「暫定的に」と言っていたが1年経っても暫定期間は終わらないのだろうか。

また3月27日にはフジテレビの取締役陣が一斉に退任し、フジ・メディアHDの6月に交代する新体制が発表された。私はこの3月末の一斉退任の理由が曖昧であることがその後も引っかかった。他の取締役もだが、日枝久氏も退任している。責任をとっての退任なのか何なのか、よくわからない。

おそらく、月末に控えている「第三者委員会報告書」までにすっきり新体制にしておきたかったのだろう。そして3月31日にその報告書が発表された。弁護士による第三者委員会の報告書に、正直さほど期待していなかった。

ところが、この報告書が「紙芝居会見」と並ぶ驚愕の展開となった。曖昧だった旧取締役陣の責任が明確に示されたのだ。明確、というより、そこまで?と言いたくなる驚きの内容だった。この報告書は、誰がどう悪かったのか、「断罪」していた。ここに名前が挙げられ一種の罪を問われている人々こそが、この不祥事をもたらした「悪人」だった。

さらに、今回の事態をもたらしたのは、フジテレビに「ハラスメントが蔓延」していたからであり、その例証として、ずっと過去の事案まで掘り起こされていた。その典型が、ニュースキャスター反町理氏だ。セクハラを犯し、重ねてパワハラまでしでかしたことが詳細に書かれた。

フジテレビは何十年も組織の中にセクハラやパワハラが蔓延り、そこから反省しないとダメなのだと徹底的に断じられた。

この報告書が会社や個人を「断罪」していることを、越権的と批判する声もあった。客観的に見て、私もそんな気はする。まるで裁判の判決のような断罪は、第三者委員会の権限の範疇なのか?

だがそれとは別に、ここまでやってくれたことが業界全体のためにもよかったと私は考えている。ここに書かれている「ハラスメント事例」はどこのテレビ局にもままあったことではないか。「こういうことをしてはいけないのです」と具体的な事例をもとに言っている。そこまで言われないと、わからない人がいる、ということだ。

第三者委員会報告書によって、フジテレビの事案はただの「不祥事」から、会社としての、もっと言えば業界全体の「構造疲労」と認識すべきとなった。中居正広氏に媚びてある人物がやらかした不祥事であり、その対処を誤って「紙芝居会見」で済まそうとした上層部の不祥事、と解釈してはいけない、ということだ。これらの不祥事はマグマのように地下に溜まっていた問題を噴出させた穴にすぎない。その溜まっていた問題をこそ、これから本格的に掘り出さなければならない。

昨日22日、民放連は有識者11名で構成するガバナンス検証審議会を4月に設置すると発表した。フジテレビの第三者委員会のように、外部の目でテレビ業界の問題を徹底的に洗い出してもらいたいものだ。

テレビ業界の「構造疲労」がフジテレビ問題を引き起こした

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