テレビCMもネット広告のようにターゲティングできる時代が来る?!〜アドレッサブル広告の可能性〜
テレビCMは、ネット広告のようにターゲティングできないことが欠点として言われてきた。リーチ力ではテレビ離れが進む今でもテレビCMに断然の優位性がある。もしテレビCMもターゲティングできるようになれば最強の広告媒体として再評価されるかもしれない。
それを可能にする技術が、アドレッサブル広告だ。番組は放送で届け、CM部分はネット経由で届ける仕組みだという。理屈はわかっても具体化できるのか?
フジテレビでは技術局技術戦略部のチーフエンジニア・伊藤正史氏が中心になってこのアドレッサブル広告の仕組みを研究してきて、ついに今年実証実験に成功した。来年から徐々に具体化を進めていくという。
伊藤氏に、詳しい話を聞いてみた。
将来の民間放送のエコシステムをどうするか
伊藤正史氏
伊藤氏がアドレッサブル広告の検討を始めたのは、2014年に遡る。きっかけは、同年のアメリカのNAB Show(National Association of Broadcasters Show)で開催されたセミナーだったという。
当時、日本の放送業界の関心は4K/8Kといった高精細化に向いていた。もちろんそれも重要だが、伊藤氏は「その前に、将来の民間放送のエコシステムをどうするか、が大事だと考えていました」と振り返る。
NABのセミナーで議論されていたのが「広告の高度化」だった。伊藤氏は、いずれ日本でもテレビ以外のメディアが競合となる。そうなれば必ず広告の高度化が求められると確信。帰国後、すぐに検討を始めた。
「広告だけを差し替える」技術への道のり
2016年には、フジテレビの番組『Oh!江戸東京名所図会』で初の実証実験を行った。しかし、これはまだ限定的なものだった。「当時は、広告だけを差し替えることができていませんでした。番組全体をサイマル配信し、その配信の中で広告を差し替えるという想定でした」。今回実現した技術は、当時から大きく進化したものだ。放送波を視聴している最中に、CM部分だけをインターネット経由の広告動画にシームレスに差し替え、CMが終わればまた放送波に戻る。
画像提供:フジテレビ
欧米では同様の取り組みが先行しているが、伊藤氏は「技術的には追いついてはいる」と語る。イギリスのITVが本格導入をプレスリリースしたのも最近のことで、商業放送の地上波で大規模に実施している例はまだない。日本も、今まさに同じ地平に立ったと言えるだろう。
フジテレビでは、ローカル放送からこの取り組みを開始した。失敗すれば視聴者のテレビ画面が真っ黒になってしまうリスクもあるため、慎重に一歩ずつ進めている段階だ。しかし、近い将来に全国ネットの番組でも技術的には可能だという。
この仕組みの大きな利点は、放送局側に大規模な設備投資が不要なことだ。
「そういう意味でも、全国の系列局さんのお役にも立てると考えています」
ターゲティングもエリア別も可能になった
アドレッサブル広告は、テレビCMのあり方を根底から変える可能性を秘めている。
特に、デジタル広告のようなインプレッション計測が可能になれば、CM視聴から購買に至るまでの広告効果の可視化といったことも考えられ、広告取引そのものが変わるかもしれない。
「例えば今は売買の対象になりにくい隙間の部分をきめ細かく扱えます」
また、TVerに代表される放送局の動画配信サービスとの連携も視野に入る。放送でCMを見た人には配信では別のCMを見せる、といった統合的な在庫管理が実現すれば、視聴者にとってもより快適な広告体験を提供できる。
もちろん、広告主の長年の課題にも応えることができる。
「『F1層(20~34歳の女性)にだけ出したいCM』というご要望にもお応えできる技術です。選択肢が増えるということです」
また、同じ放送エリア内でも地域によって細かくCMを分けて流すことも可能だ。関東や関西、中京地区のような広域放送圏では特に有効だろう。
画像提供:フジテレビ
12月から具体的な取り組みを開始
一方で、伊藤氏はテレビ広告が本来持っている価値も重要だと強調する。
「ターゲットではない方に届く『セレンディピティ(偶然の出会い)』も、テレビ広告の良さです。だから、全てがアドレッサブル広告になるという想定ではありません」
実際、欧州では1時間あたりに差し替えられるCMの時間に上限を設けるといった規制もあるという。日本でも、視聴者の体験を損なわないバランスを探っていくことになるだろう。
フジテレビでは、2025年12月の深夜枠から、セールスも見据えた具体的な取り組みを開始する。
「まずは視聴者の方に、テレビ広告でこういうことが始まるんだよ、ということを知っていただき、受け入れていただくことが重要です」
自分が育ててくれたメディアだからこそ安全安心にもこだわる
伊藤氏は、小学生の頃からプログラミングに親しんできた、根っからの技術者だ。そんな彼が、なぜテレビ局を志したのか。
「本当にテレビが大好きで。自分が作ったものが多くの人に見ていただけて、その反応が得られるという面白さに惹かれました」
伊藤氏の発想は、テレビというメディアへの深い愛情に裏打ちされている。
「デジタル広告と全く一緒ではいけない。家族で見ていて安心できる、という放送ならではの価値は絶対に守らなければならない」
だからアドレッサブル広告には広告主の正しい情報を暗号化して埋め込み、それが本物であることを視聴者が確認できる仕組みも組み込まれている。テレビ広告の信頼性を、技術の力でさらに高めようという試みだ。
画像提供:フジテレビ
テレビが持つリーチ力や信頼性といった価値を守り、育てながら、デジタル時代のニーズに応えていく。アドレッサブル広告は、テレビの価値を再定義し、広告主、視聴者、そして放送局自身にとって、より良い未来を築くための重要な一歩となるに違いない。10年越しの挑戦が、今まさに花開こうとしている。
テレビ広告は進化しなければならない
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