日本のメディアは、一人の老人によるおぞましい行いを、海外から指摘されるまで扱えなかった

ジャニー喜多川氏の過去の行いについて、ジャニーズ事務所の社長が会見映像を公開。その後、NHK「クロ現」などで重く受け止めた報道がなされた。なぜここに至るまで報道されなかったのか。
境 治 2023.05.22
誰でも

その前の週末に事務所社長のジュリー藤島氏が映像で会見したのを受け、NHKとしても正面からこの問題に取り組んだ番組だ。私はきっかけとなったBBCの番組も見ていたが、日本のメディアで本気で問題に切り込んだ姿勢は評価していいと思う。他にもTBSも頑張っているし、日テレも櫻井翔がキャスターを務める15日の「news zero」と21日の「バンキシャ」で扱ったのも評価していいだろう。だがそんな個々の動きとは別に、この事件にはこの国のメディアの問題が凝縮されているとあらためて受け止めた。BBCの番組でも取材したディレクターがなんでこんなひどいことがこれまで問題にならなかったのか不思議がっていた。20年も前に週刊文春が報道し裁判でジャニー氏の行いは「あった」と裁定された。それなのに、その後も何事もなかったように芸能界も放送も日々続いてきたのだ。一人の権力あるトップが少年たちにしてきたおぞましい行為が、「行われていた」と認定されたのに、その老人は亡くなるまでそのことを咎められることはなかったし、亡くなった後もとり沙汰されなかった。数年経って、噂を聞きつけて日本に来た海外のジャーナリストが番組にして、それでもすぐには騒ぎにならず、でもだんだんざわざわしてきてカウアン氏の告発があってついに社長の会見映像に至り、そこまで来てやっと日本で最も信頼されているはずの報道機関が大きく扱ったのだ。おかしいだろう。間違っているだろう。放送免許を取り上げる議論があってもおかしくないのではないか。メディアについて考えてきたWEBマガジンとして、この問題をなんらか論評したい。まさに、日本とメディアの再生がかかっている。

表沙汰にならなかったのは、会社と個人の関係がおかしいから

なぜこうなってしまったのか。もちろん、どこの国にも高齢の権力者が行ってきた非道徳的行為がなかなか表沙汰にならない現象はある。だが特にこの国でこういった問題がおこるのは、会社と個人の関係がイビツだからだ、というのが私の捉え方だ。個人があまりにも会社という組織に従属的に振る舞わなければならない。そうしないと大きく損をする上に生きていけなくなる可能性すらある。だから会社に問題があっても告発できない。告発しても本気で取り沙汰されず逆に告発した側がいられなくなる。日本の会社はそういう社会である。そしてそれは日本人の気質のせい、などでは決してない。日本の個人と会社を取り巻く制度がそうできてしまっているからだ。だから組織のトップにいる人間の過ちを誰も咎められないし告発なんてしようものならいられなくなる。欧米なら、とうの昔にジャニー氏の行いは表沙汰になり大問題になっていたのではないか。というか、表沙汰になったのに問題にはならなかったわけだが。日本の会社と個人の関係はおかしい。だからジャニーズ事務所の中で浄化はできないし、ジャニーズにどっぷり頼って生きているテレビ局も忖度するしかない。「個人と会社の制度」についてはいずれ詳しく解説したい。ただできるだけシンプルにこの制度の構造を言うと、「個人の前に会社がある」制度ということだ。個人が先にあって、その個人が収入を得たりやりがいを感じるために会社があるはずなのに、日本の場合は会社が先にあり、その会社に所属することで個人が生きていけるようにできている。だから例えば、日本のジャーナリストはその前に会社員だ。メディア企業があって、その中に記者とか報道ディレクターとか、そういう職種がありその職種に任じられてジャーナリストになる。欧米には大学にジャーナリスト専門の学部学科があることが多く、記者を職業にしたい学生はそこで学ぶ。専門性の高い職業なのだ。日本にもメディア学部や新聞学部があるにはあるが、欧米のジャーナリスト学部とはずいぶん違う。職業としての専門性を学ぶとは言えない。それどころか、テレビ局や新聞社には大学で専門的に学ばなくても、有名大学の文学部や法学部、経済学部などを出れば入れる。アメリカにはメディアで働く専門職の人々のための職業組合がある。日本の組合は会社別だ。そこにも「個人と会社」の関係が如実に出ている。組合とは本来、会社別ではなく職業職種別にできるものなのだ。もちろん会社別の組合があってもいいが、日本の組合はほとんどがそっちだ。ジャーナリストはジャーナリストである前に会社員だ。そして同じ会社の娯楽番組ではジャニーズ事務所のアイドルたちが大活躍している。仮にあるテレビ局の記者がジャニー喜多川氏の性暴力を本格的にレポートしたいと考えても、会社がそれを認めるはずがない。会社に大きな恩恵を与えてくれる芸能事務所のトップが犯した非道な行為を、正面切って糾弾することはできなかったのだ。犯罪として認められ、逮捕でもされない限り扱えない。政治家の疑惑の方がまだ追及できるのだから、芸能事務所のトップは与党の政治家よりずっと権力があると言えるかもしれない。日本の政治にもおかしいところはいっぱいあるが、日本の芸能事務所とメディアの関係の方が、ずっとおかしなところだらけかもしれない。

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